名作文学 5
今回紹介するのは、坪野哲久歌集の『北の人』です。
「戦前のある日、私ども一家が度重なる苦をなめたところの目白坂上の茅屋に、能登のくにから上京した哲久の父が、そのなつかしい老顔をあらわした」
「夜の憩いのひとときのこと、父は三十なかばの哲久に向って、しずかな語調でこう言った。
『五十年まで辛抱さっしゃい。どうにかなるわいの…』」(昭和53年/山田あき『碧巌』)。
この歌人としても著名な坪野哲久の妻の言に、はっと思い浮かぶことばがあります。
哲久と同じく能登に生まれた加能作次郎が、その娘の結婚に当たってはなむけに色紙に書いたということばです。
「人は誰でもその生涯の中に一度位自分で自分を幸福に思う時期を持つものである」。
全く同じといっていいことばではないでしょうか。
「五十年まで辛抱さっしゃい。どうにかなるわいの…」
哲久(昭和63年没、82歳)が生まれた能登高浜(志賀町)は、半島の西、外浦にあります。
したがって内浦と違い、始終荒波で、それだけに冬はどんなにつらい少年時代を送ったかと思われるのです。