<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>万能ソース</title>
      <link>http://futureideas.info/</link>
      <description>なんでもござれ</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Sat, 11 Feb 2012 15:10:04 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>数奇な運命　4</title>
         <description>退職時の役職は、本店の部次長の場合、所属部門、たとえば機械事業部とか食糧事業部などの統括部長に任命します。


同月に二人以上の定退者がいる場合には、機械第一、第二統括部長にわけるとか、就任日を一日前にして交替させるなどの工夫をしています。


次長職の下、すなわち部長代理職の場合は、神奈川や埼玉など近隣県名をつけた支店長(実務活動をしている支店や出張所は横浜支店や大宮出張所など市名を冠している)に任命しますが、部長職以上の場合は東京支店長、あるいは役員付事業部長や取締役待遇調査役など適宜使いわけて、昇格を図っています。


・・・こうした昇格によって加給される退職盆は100万円程度(平均2000万円にたいし5%)にすぎませんが、65歳以降支給される企業年金が一格上になります。


なによりも履歴上の最終役職がちがうので、本人よりもむしろ夫人たちに喜ばれています。


これをみていると&quot;日本はやはり役職社会なんだな&quot;ということをしみじみ感じさせます。


世間はその人の肩書きによってしか評価しません。


会社の名前とそこでの役職だけが、その人の評価です。


そこから離れると、すべての価値が剥奪されます。


&quot;はかなきは金銭、頼りなきは地位&quot;といわれる所以です。


・・・そのうえ日本では、退職後の人生にまで、あるいは死んだときの履歴にまで会社時代の肩書きがついてきます。

</description>
         <link>http://futureideas.info/2012/02/4_2.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2012/02/4_2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 11 Feb 2012 15:10:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>数奇な運命　3</title>
         <description>夫人自身もみかけによらず福徳円満、人の上に立って成功する性です。


ホステス夫人が外見や人柄によらずA君を成功させ、自らも支店長夫人として部下の上に君臨し得たこと・・・


あるいは水の性を生かして、人気稼業や水商売で成功するなど、妻としても女としても、自分のもてる資質を100パーセント生かしたといえます。


ただすこし淫乱だったのが、身を誤る結果になりましたが、すくなくともA君には最良の伴侶だったのでしょう。


「これほどはっきりした例は珍しいが、A君の浮沈をみると、まんざら八卦もバカにできないだろう」


・・・易者氏は鼻をうごめかすように解説をおわりました。


私はA君のかつての精桿な面影に今の憔惇した耗弱ぶりを重ねながら、四柱推命の威力をみせつけられた驚きをかみしめていました。


A社では定年退職の日に一日だけ部長や支店長の役職に就けるシステムを採用しています。


すなわち同社では、男子社員は満58歳になった誕生日の翌月一日付けで定年退職ということになりますが、退職金の役職加給と、定退後の再就職時等の履歴を考慮して、誕生日の月末一日だけ部長に昇格させ、翌日付けで退職させることにしています。


</description>
         <link>http://futureideas.info/2012/01/3_2.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2012/01/3_2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 09 Jan 2012 15:08:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>数奇な運命　2</title>
         <description>A君が課長になるまで恵まれなかった謂です。


・・・これにたいして、せめて夫人の星でもA君のブレーキ役になれば、まだ救われたのですが、夫人の四柱推命は、木性で三合には水局もありますが、A君の火を抑えるまでには至りません。


・・・すなわち、三合の水は本性の木を育て、木は生月の火を生じ、火はさらに生年の土を生じることになり長い循環を示していますが、A君の火を制する力はゼロにちかいのです。


前回A君の生時が木性であるという所で述べたように、むしろ火勢を強め、金性を弱める役割しかありません。


上品で淑やかな、夫人自身はバランスのとれた高適円満な人格をもちながら、夫の運勢にはむしろマイナスになったゆえんです。


・・・これにたいしてホステス夫人は完全に水の性でした。


生月が水性のほか三合に水局があり、年月に土と金もあります。


A君との組み合わせでは、水は火を制し、土は金を生じるほか、金は金の味方となり、水を生じる損耗をカバーします。


・・・これでA君は完全なコントロールとともにバランスを得たことになります。

</description>
         <link>http://futureideas.info/2011/12/2_2.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/12/2_2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 11 Dec 2011 15:07:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>数奇な運命</title>
         <description>偏官とは正官と並んで、人の上に立ち、世を率いていく長上の権星ですが、勢いをコントロールするブレーキがないと偏官七殺といわれ、善性変じて悪性となり、孤立、貧賎、厄災はなはだしく、数奇の命となります。


A君の本性は生まれ日の金性ですが、年月に火性があって偏官格となるうえ、支も三合して火局となり、金を徹底的にやっつけています。


五行では木火土金水の順番に、木は火を生じ、火は土になり、土から金が生じ、金に水が露結し、水で木が育つという、いわゆる相生の関係と・・・


一つ置きに、木は土から養分をとるので剋すことになり、土は水の流れを制して妨げ、水は火を消し、火は金を熔かし金は木を剋す、いわゆる相剋の関係にあります。


A君の本性である金は年月の火性のほか三合火局まであり、徹底的に剋される状態にありました。


もし生時に水とか土があれば、水が火を剋し、火の勢いを抑えるとか、土が金を生じ、火は土を生じて、相生の関係に逆転し、吉変するのですが、A君の場合はなまじっか木性でますます悪いのです。


・・・すなわち木は火を生じるほか、金自身が木を剋するために精力を割かれ、本性は弱る一方です。


これではいかに優秀な才能をもち、力量に恵まれていても、出世はおろか、悲惨な人生を送るしかありません。


</description>
         <link>http://futureideas.info/2011/11/post_26.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/11/post_26.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 06 Nov 2011 15:06:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本の尺時計　2</title>
         <description><![CDATA[現住職中谷真澄師の話では・・・


そのうち1台は加賀.前田侯の依頼で製作もた豪華なものでしたが・・・


明治年間アメリカ人が所望したので売り渡し、現在アメリカの博物館(ボストン博物館？)に所蔵されているといいます。


また第2台目は東本願寺の依頼で製作しましたが、惜しいことに火災にあって消失。


現在同寺が所蔵しているのは第3台目であるとのこと。


いずれにしても地方にあっても寺院の時間への関心はかなり高く、撞鐘の正確さへの努力を重ねていたことが分かります。


・・・ともかく、香時計は日本の仏教文化の実にユニークな産物であり、和時計発明の文化的基盤をなすものです。


これはまだ<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>などの腕時計がない時代の話です。


]]></description>
         <link>http://futureideas.info/2011/10/2_5.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/10/2_5.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 02 Oct 2011 14:44:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本の尺時計</title>
         <description><![CDATA[農村といえば、紀ノ川河口の加太の近く、現在和歌山市古屋に正立寺という浄土真宗の寺があります。


この寺には時報の基準にしていた尺時計と須弥山儀が所蔵されています。


かつて常香盤もあったらしいですが、現在は不明です。


しかし驚くべきは同寺所蔵の須弥山儀で、その直径約80センチ、台盤は木造、漆塗りに貝の象眼が施されている豪華なものです。


四季、何月何日、何の刻といった表示が時計仕掛けで示され、太陽と月が須弥山・四州を回るようになっている精巧なものです。


僻村の小さな寺が、こうした天文時計をもって時刻を測り、独自の暦も発行して、村民に配布していたといいますから、いささか感動を覚えますね。


まだ<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>のような腕時計がなかった頃の話ですよ。


この須弥山儀をつくったのは、実は幕末から明治初年に正立寺住職であった中谷桑南。


桑南は西洋から伝来した地動説に反対するため、京都へ出て本願寺で天文・暦法を研究、佐田介石(1818～82)とともに須弥山儀3台をつくりました。


]]></description>
         <link>http://futureideas.info/2011/09/post_31.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/09/post_31.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 06 Sep 2011 14:42:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>むくみを取るサプリ　2</title>
         <description><![CDATA[部分的な浮腫は、アレルギー疾患やリンパ節の病気、関節などの炎症性疾患による周囲のむくみとして見られます。


顔やまぶた、手足の腫れぼったさを感じたり、体重が急に増えたりする症状から浮腫を疑ったときは、顔や下肢の脛骨前面(スネ)など下に骨がある皮下組織部を指で押して圧を加えてみると、指の形が皮下にくっきりと圧痕として残り、浮腫を判断できます。


甲状腺機能低下症では圧痕の見られない非圧痕性浮腫ですので、注意が必要です。


浮腫が疑われる場合、下記の点を直ちにチェックし、医師に受診してください。


1．体重が急に増加していないか。


2．腹囲が急に増加し、波動が触れないか。


3．尿量が減っていないか。血尿(赤い色のことも、チョコレート色のこともある)など尿の性状に変化はないか。


4．呼吸が速くなったり、呼吸困難チアノーゼはないか。


特に、夜間、臥位で息苦しさを訴え、背もたれによりかかって眠る(肺のうっ血による起座呼吸)ようなことはないか。


5．体の一部の部分的な浮腫の場合、その部分の痛み、発赤など炎症症状はないか。


6．低体温、睡眠時間が急に多くなる、元気がなく反応が乏しく、知的退行現象はないか(甲状腺ホルモン低下症の症状)。


7．高血圧はないか(血圧計があれば測定してみる)。


<a href="http://www.healthy-one.co.jp/online_shop/detailsfile/chastetree.html" target="_blank">チェストツリー</a>などのサプリを飲んで健康にはしっかりと気をつけたいものです。

]]></description>
         <link>http://futureideas.info/2011/08/2_4.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/08/2_4.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 01 Aug 2011 12:46:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>むくみを取るサプリ</title>
         <description><![CDATA[むくみ(浮腫)は、重篤な病気に伴う症状である場合がほとんどです。


なるべく早急に原因を明らかにし、治療を開始しなければなりません。


むくみ(浮腫)を疑う場合は、いたずらに放置せず、早い時期に医師に受診させてください。


浮腫は、身体の組織の細胞と細胞の聞の部分(間質)に水分が異常にたまった状態です。


起床時にまぶたの周囲が異常に腫れぼったい、起床後しばらく後には下肢のむくみや靴がきつく感じるなどの症状として見られます。


浮腫が進行していくと、腹水として腹腔内に水分がたまり、腹囲が急に大きくなり波動を触れたりします。


さらに胸の中に胸水としてたまることがあり、息苦しくなったり速い呼吸となったりします。


全身的な浮腫は、心臓、腎臓や血漿蛋白を低下させる病気(肝臓の病気、栄養障害など)、内分泌疾患(甲状腺機能低下症)などで見ら礼いずれも早期の検査・治療を必要とします。


このような場合には、<a href="http://www.healthy-one.co.jp/online_shop/detailsfile/chastetree.html" target="_blank">チェストツリー</a>などのサプリを摂るといいでしょう。


]]></description>
         <link>http://futureideas.info/2011/07/post_29.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/07/post_29.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 02 Jul 2011 12:45:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>昔昔のはなし</title>
         <description><![CDATA[九年間の流島生活の末、崇徳上皇は四十六歳で憤死した。


八月の暑い時期であったといいます。


上皇の遺体は腐敗を防ぐために清水の冷水につけられました。


二十日余りが過ぎて遺体は近くの白峰山に葬るようにとの宣下が下った。


上皇の遺体は棺に納められて運ばれたが、途中、小休止した岩の上には血が滴り落ちたといいます。


後世ここには「血の宮」という社が建てられました。


また、山上で茶毘に付されたが、その煙は山腹をいつまでも漂って消えなかったといいます。


この煙の漂った付近にも後世、鎮魂のために「煙の宮」が建てられました。


話は変わりますが、占いに凝っている友人が「<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話の占いサービス</a>が良いと言うので、利用してみようと思いました♪
]]></description>
         <link>http://futureideas.info/2011/06/post_30.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/06/post_30.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 30 Jun 2011 15:16:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>住宅の寸法　4</title>
         <description><![CDATA[実に寝苦しいものですが、それはサウナ風呂の焼けた石のように、コンクリートが熱気を大量に吐き出すからです。


それに対して部屋と部屋にはさまれた中間の部屋は、温度の影響を受けにくく、また、一度適温になると安定してあまり変化しないので、住み心地はさほど悪くないのです。


私の事務所はマンションの角部屋にあるので、冬、エアコンで暖めても底冷えし、かなり不快です。


その部屋の壁は、決してよい作りとはいえないのです。


コンクリートの建物は外断熱にすると良いのですが、そうもいかないときは、コンクリートやモルタルを室内に露出させず、胴縁などの下地を組んで空気層を作り、さらにポリスチレンフォームなどの断熱材を入れる方策があります。


・・・このようにすると、冷え込みと結露を防ぐことができます。


商業地域や防災地域では、鉄筋コンクリートや鉄骨造りによる耐火建築物が要求されます。


<a href="http://www.heart-ful.com/" target="_blank">賃貸 仙台</a>のマンションや公団住宅の中高層共同住宅なども、同様な建築物であり、木の家に住みたいと思っても、そうはならない場合がしばしばあるでしょう。


]]></description>
         <link>http://futureideas.info/2011/06/4_1.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/06/4_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 07 Jun 2011 17:44:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>住宅の寸法　3</title>
         <description><![CDATA[コンクリート住宅は一般に、コンクリート下地の上にモルタルを流して水平の床を作り、その上に直接、床材を張り付けます。


コンクリートの冷え込みが直に効くからたまらないのです。


できれば木造在来工法のように大引き(根太を支える横木)を敷いて根太(大引きと床板の間で床板を支える角材)を乗せ、床板を敷くことをお勧めします。


コンクリートは、人が住まいとして利用するには健康上、不適当な素材といえます。


<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ソファー　ベッド</a>などのインテリアに素材として使用されないのもこうした理由によるものです。


耐火建築物としては優れていますが、個人の住まいに使う場合には問題があります。


コンクリートは熱容量が大きいため、冬は冷たい外気を吸い込んで氷のように冷たくなり、その冷気を大量に抱え込んでしまいます。


ストーブやエアコンで暖めても、温風が当たっている所は暖かく感じますが、足元からの冷えは身心に伝わりますよね。


外気に接し、風が当たる面が大きい北東の角部屋などは、特に冷え込みます。


夏場は、直接日光の当たる最上階や西向きの部屋は、夜になっても涼しくならないのです。


]]></description>
         <link>http://futureideas.info/2011/05/3_1.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/05/3_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 21 May 2011 17:43:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>住宅の寸法　2</title>
         <description><![CDATA[障子や襖の高さも2メートルだと、今の人の身長にふさわしいでしょう。


しかし、メーターモジュールで施工するのは容易ではないのです。


一例を挙げると、一般のアルミサッシは尺貫法で作られています。


6尺幅の窓枠に合わせてあるから、窓を幅2メートルにしたくても、そんな規格のサッシはないと言われます。


土台や柱なども尺貫法で製材されているから、メーターモジュールで建築するのは難しいのです。


木造軸組工法は優れた工法ですが、計測法については大いに改善の余地があります。


早急に規格を改め、メーターモジュールで住宅が建つようにしたいものです。


そのためには建築業界全体の意識変革と協力が必要でしょう。


コンクリート住宅内部の木工事(造作工事)をする大工からよく聞く話ですが、冬場、仕事をしていると、床や壁のコンクリートの冷えで、腰をやられる大工が多いそうです。


芯から冷えるためです。


冷えが身体によくないことは、ご存じの通りです。


<a href="http://www.spoken.co.jp/" target="_blank">ノルディックポール</a>で日ごろから健康のために運動をしていればいいでしょうが、なかなかそうもいきませんよね。

]]></description>
         <link>http://futureideas.info/2011/04/2_1.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/04/2_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 17 Apr 2011 17:42:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>住宅の寸法</title>
         <description><![CDATA[新聞や公の文書では、尺や坪で表示してはならないことになっていますが、通常の会話で「建築費はいくら？」という場合、聞く方も聞かれる方も一坪当たりの単価を想定しているのが普通です。


一平方メートルあたり18万円と言われてピンと来なくても、坪60万円と言われれば、誰でもすぐに理解できます。


住宅メーカーの広告でも「3・3平方メートル○○万円」などと、一坪の値段が表示されています。


一部の住宅メーカーを除いて、今も尺貫法で家を建てているのが現状です。


ところが尺を基準として建てられた家は、体格がよくなった現代人には合わなくなりました。


例えば廊下の場合、芯と芯との間の幅が91センチでも、壁の厚みを引くと実際はもっと狭いのです。


和室の鴨居の高さは、5尺8寸が基準ですから、背の高い人はかがまないと出入りできないのです。


そこで、住宅の寸法の基本単位を、尺貫法ではなく1メートルを基準にしようというのが「メーターモジュール」の考え方です。


廊下の幅を芯芯1メートルにすれば、すれ違うとき楽だし、将来、車椅子も使えます。


<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ソファー 通販</a>などでインテリアを購入するときには、まずは自宅の寸法をしっかりと調べておくことが重要です。


あらかじめ測っておきましょう。
]]></description>
         <link>http://futureideas.info/2011/03/post_25.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/03/post_25.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 Mar 2011 17:39:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>名作文学　12</title>
         <description>社会が何らかのクライシス(危機)に直面したとき、過去の歴史の中に同パターンのクライシスを探し出して復権させるという発想は、近世の野史・俗史の常とうでした。


この小説は、平成のいまのクライシスと見事一対一で対応するのであり、いま読まれてこそ、大きな説得力をもつのです。


その意味では、逆に、早く書かれすぎた不運の大作とも言えるでしょうか。


「流雲の賦」は単行本(中央公論社、上下二冊、昭和50年)として刊行されました。


石動山合戦を扱った古典文学には、「太平記」「(甫庵)太閤記」「荒山合戦記」等があり、特に「荒山合戦記」は数多い戦国軍記の中では屈指の佳編。


おそらくは前田氏側の手になるものでしょう。


歴史学・歴史考古学の側の石動山研究は急速にすすみ相当数の論考があり、「鹿島町史石動山資料編」(61年)の文献目録が最もくわしいです。

</description>
         <link>http://futureideas.info/2011/02/12.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/02/12.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 01 Feb 2011 11:15:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>名作文学　11</title>
         <description>残念ながら、小説の発表は遅きに失しました。


吉川英治の「新平家物語」(昭和25年連載開始)のように、読者を、読者自身の敗戦体験にひきあわせて「身に即して歴史を見るという気持ち」(吉川)にさせることは、40年代後半においてはもはや不可能でした。


・・・しかし、いま、平成の時代のわたしたちが読みかえすとき、この小説は「身に即して歴史を見る」ことを可能にします。


小説によれば、前田利常は、石動山を加越能三州の寺社の監視役に利用しようと考え、堂塔の再建、寺領の寄進など手厚い保護を加えます。


愁眉を開いた石動山は、新たに仁和寺末寺の権威をふりかざし、知識米(神仏に寄進する米)勧進という名の収奪を強化し、一山の富裕化とともに北越七力国の農民の激しい怨嗟の的となりました。


この経緯は、実は、戦後40余年の日本の軌跡と気味わるいほど酷似していないでしょうか。


敗戦直後、勝者たるアメリカから物質的援助を受け、経済復興だけは許され、自由主義陣営の一翼を担わされ、世界に冠たる経済大国に成長したものの、いま、痛烈なジャパン・バッシングを浴び、一部の国から拝金主義と批判されるに至る・・・


これは歴史の奏でる同じ主題の変奏曲というべきではないでしょうか。

</description>
         <link>http://futureideas.info/2011/01/11.html</link>
         <guid>http://futureideas.info/2011/01/11.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 20 Jan 2011 11:14:43 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

