名作文学 8
能登の海が、いかに哲久の魂を荒々しく勤いものにしたかがよく分かります。
・・・と同時に、その魂に宿る優しさ美しさの何によるかも、この一連の歌によってことごとく教えられるでしょう。
この歌集の「あとがき」で哲久は書いています。
「これまでの自分は、何かに追いまくられ、いためつけられてばかりいたように思われる。
これで一生が終るのかと考えると無惨というよりほかはあるまい。
しかし、ぼくの内部には何かかがやきやまぬ一点があるように思われてならぬ。
そのことも、この歌集の中には多少あらわれているのではなかろうか。
『北の人』と題したことにも、今に消えやらぬ憧憬のごときが含まれているかもしれないのだ」
この「何かかがやきやまぬ一点」「今に消えやらぬ憧憬」、この素晴らしい輝きを、哲久はついに失うことがありませんでした。
そしてそこにはいつも、黄金郷ともいうべき幻の膨「能登」が、きらびやかに存在していたのです。
「ふるさとを捨てていずくに生き得るや月うつくしく海に声あり」(昭和63年/絶筆『人間旦暮』)。