名作文学 4
由吉自身は、自分を閉じこめる深い雪の音に聴き入りながら「唐突として、暗い海底を這いまわる一匹の蟹を思い浮べ」ています。
そして「広々とうねる海の底の一画で、海の広さも知らず、蟹は鈍い感覚を身のまわりにひろげて、餌を求めて重い甲羅をひきずりまわっている。
しかしみぞれ雪が暗くわきかえるにつれ、海が荒いうねりを立てるにつれ、甲殻の内側では白い肉がいよいよ豊かに育っていき、卵巣がいよいよ鮮やかな紅を育てていく…。」
つまり題名通り、深い雪の中に、個の意識という重い甲羅を引きずり、ついにそこから一歩も出ることができない・・・
そういうわれわれの残酷な生の形を、そこに彼が垣間見ていたことはまず明らかでしょう。
だからまた「もわもわと轟めきあって落ちてくる」その激しいものの向こうに、改めて日常を超えることの意味を、はっきりとつかみ取ることができたのです。
これは明らかに金沢での豪雪体験がなかったら決して手に入らない思想ではなかったでしょうか。
由吉の文壇登場は昭和46年、小説「杳子」の芥川賞受賞によってです。
そこには「他者を求めながら他者を感じることができない孤絶の苦しみ」が見られるとされ、当時からいわば現代人の断絶の構造に迫る注目の作家として、その評価は高いです。
小川国夫、黒井千次、後藤明生、あるいは高橋たか子、津島佑子らとともに、いわゆる「内向の世代」を代表するひとりでもあります。
先の昭和61年からは、芥川賞選考委員としても活躍しています。